父と子(夜+鯉伴)


妙に大人びていて素直じゃない
不器用な優しさを持つ
もう一人の可愛い息子―…



□父と子□



特に異変を感じたワケではないが、珍しく陽のある時間に夜は目を覚ました。

「ん?」

ここは一年中桜の咲くリクオの精神世界。

「居ねぇのか昼?確かに今、昼の気配を感じた気が…」

外が明るいうちから昼が夜を訪ねてくることは珍しい。感じ取った昼の温かなぬくもりに周囲を見渡すも昼の姿は何処にもなかった。

「俺の気のせいか?」

はらはら舞う桜の中、夜は腰掛けていた桜の枝から飛び降り、軽い音を立てて地面に着地する。

ざりっと一歩、母屋に向けて足を踏み出したその時、背に昼とは別の低い声がかけられた。

「夜」

「!?」

まったくその存在に気付いていなかった夜は驚きに目を見開き、バッと勢いよく背後を振り返る。
そこには…。

「親父…!」

鯉伴が立っていた。
はらはらと落ちる桜の中、鯉伴は悠然とした笑みを浮かべ、夜の側までゆったりとした足取りで近付いて来る。

そして、手の届く距離まで来ると鯉伴は左手を伸ばし、くしゃりと夜の髪に触れた。

「元気そうだな夜。…ん?どうした?」

抵抗もせず大人しく頭を撫でられる夜を鯉伴は不思議そうにみやる。

「…あれは親父の気配だったのか」

「ん?」

小さく呟き一人納得がおの夜に鯉伴が首を傾げる。

「って、小さいガキじゃねぇんだ止めろよ」

そこでようやく夜がぱしりと鯉伴の手を払い、鯉伴と視線を合わせた。

「それと、親父には悪ぃけどもう一度出直して来いよ。昼はまだ当分ここにはこねぇぜ」

昼に会いに来たんだろ?と、それが当然の様に夜が言い、出直すことを促す。だが、夜の助言に反して鯉伴はその場から動く気配をみせずふっと笑った。

「夜」

「あ?」

優しく名を呼び、払われた手を夜の頬に添える。再び払われる前に鯉伴はゆるりと笑いかけ…手加減無しにその頬を横へと引っ張った。

「いっ〜〜っ、なっ、なっ、何すんだよ!?」

鯉伴のいきなりの暴挙に夜は慌てて鯉伴から距離をとる。ジンジンと痛みを発し、赤くなっているだろう右頬を右手で押さえて夜は怒鳴った。

「おめぇが馬鹿な事を言うからだろうが」

「はぁ?」

むっとして睨んできた夜の視線をものともせず、鯉伴は半ば真剣な口調で続けた。

「俺は始めに夜って言ったんだぜ。俺の息子は昼だけじゃねぇだろうが」

昼のリクオが居ないから出直せ、だと?何言ってやがんだお前は。

「………」

「………」

視線が絡んだまま二人の間にシンとした沈黙が落ち、はらりと桜の花弁が横切る。

怪訝そうな顔をして鯉伴を見つめていた夜がハッと何かに気付き、次には罰の悪そうな顔をしてふぃと顔ごと横に視線を反らした。

「………」

その耳は仄かに赤く染まり、感情を隠しきれていない。中々に素直じゃないもう一人の息子に鯉伴はクツリと笑みを溢した。

「っ、何だよ?」

「いいや、立ち話もなんだ。屋敷に上がるぞ」

陽が暮れるまで。夜と二人、言葉を交わすのも良い。
陽が暮れてからは、昼と三人、他愛もない話を。

庭に咲くしだれ桜を眺めながら…。



end



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